アンドリューの徒然日記

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【効率】のよい人生を送るための精神論〜無の取得の方法論と考察〜

皆さんこんにちは、アンドリューです。

 

 

最近課題やレポート、試験のラッシュで本当に辛いです。

 

どれくらい辛いかと言えば

味のついていないチャーハンを食べるくらいに辛いです。

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そういった辛い時期にはほんとーに些細なことでイライラしたりします。

 

信号が5回連続で赤だったり、注文した食べ物がなかなか来なかったり、

いつもの友人の言動が癪に触ったり・・・、、、😭

 

 

誰かが特に悪い!ということではないのは分かってはいるのですが

実際にイライラしているのも事実で

 

じゃぁこの気持ちをどうすればいいんだよぉ!!

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という気持ちに駆られさらにイライラすることに・・・😱

 

 

そうなった時に毎回思うのは、

これ、明日になったら治まってるんだろうなぁ・・・🤔

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というものです。

 

これ割とガチで、後日でそのことを振り返ると

 

なんであんなことで腹が立ったのだろう・・や

どうでもいいことだったなぁ・・ 

 

といった感じで後悔することがほとんどです。

 

 

こうなってしまうのはその時に

冷静に客観視が出来なくまたいつものペースを乱されているがために

 

後の後悔に繋がってしまいます。

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つまりはもしイライラして頭に血が上っている状態の時に

冷静な状態またはペースをリセットすれば後の後悔をしない。

 

と言うことが出来ます。

 

 

 

ですが、、

興奮状態から落ち着け というのは皆さんも経験のとおり

ひっじょ〜に難しいです。

 

 

なので今回は僕の精神論からそういった日常に応用できる

【無の取得】について考察していきたいと思います。

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無とは

 

(む、无)とは、否定を一般化した表現。対義語は。「定義されていない(未定義)」事とは意味合いが異なる場合がある。

ja.wikipedia.org

 

今回においての無は思考に癒着させたものを指します。

 

 

 

皆さんは”考えない”ということは出来ますか?

 

 

え?考えてみたけど出来なかったって?

そりゃ考えてるからですよ😉

 

という冗談はさておき

 

 

【無を取得する】と言ってもまずそこに行き着く考え方は

いくつかあります。

 

頭の中を無でいっぱいにする!

とりあえず力を抜く

寝る

何かに集中してみる

自分は壮大な宇宙のこの星の散りの一つだと今の僕に理解させる etc…

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どれをやってみても結論は

「これ、無じゃなくね」という風に落ち着くと思います。

 

 

とりあえず「無」ということなので

その場で力を抜いて脱力して何も考えないようにしてみましょう。

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僕も実際にやってみました。すると

 

(これ周りから見たらどう見えてるんだろう・・・)や

(これやる意味あるのかな・・・)や

(お腹すいたなぁ・・・今日の晩御飯どうしよう・・・)などなど

 

 

全然「無」になれないんですが!?

 

 

うーん、やってみるとやっぱり難しいものですね😕

 

人は特に精神の発達がある程度進んだ段階になると

感覚と思考が反射的に反応するようになります。

 

 

例えば別のことを考えていたとしても

首元に氷を当てられたら「冷たい!(冷たい)」と思いますし、

針に刺されれば「痛い!(痛い)」と思うものです。

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これを 針に刺されても「痛い!」と思わなければ

神経系の病気を疑ったほうがいいので逆に心配になります😲

 

 

 

また、人は精神発達を済ませる段階になれば

自身から見た光景(主観)と第三者から見た光景(客観)を使い分けます。

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これらも そういう風に考えよう! というものではないので

比較的に意識せずとも出てきてしまうものです。

 

 

つまりはこの場合の考えるのをやめてみよう というものは

”積極的に”考えるのをやめてみよう ということなので、

 

皆さんは【無の取得】が出来た。と思わないわけですね。

 

 

 

 

では無意識的に考えるのをやめよう!というのはどうでしょうか。

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これは結構無謀な話で、それが出来るのであれば

禁煙は100%成功しますし、中毒全般の症状をなくすことが出来ます。

 

無意識は意識に影響を及ぼし、逆に意識もまた無意識に影響を及ぼしますが

これらを並行して行うのは不可能です。

 

というか意識的に無意識を意識しないぞ!という言葉にすれば

変なことになっているのが気がつきますかね🤔

 

 

 

 

では次に考えられるのが

 

次々出てくる考えを考えないようにすればいいのでは!?  

というものですかね。

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これについて一つ話しておくと

 

〜をしない という行為は非常に難しく意外と高度だということです。

 

 

俗説によれば僕を含めた皆さんの脳みそは

「〜をしろ!」という命令は受け付けますが、

「〜をするな!」という命令は受け付けないように出来ているらしいですし😉

 

 

どちらにしろ、〜を考えるのを止める!というものは

別のことを考える!と同義なのでそれもまた

 

思考における【無の取得】とは言えないものになっていますね🤔

 

 

 

 

 

ここまで振り返って見れば、

 

「無」になるつもりが頭の中が全然「無」になっておらず

むしろいつもより「有」じゃねぇの!?って感じですが、

 

 

このように【無の取得】を単純に得ようとする場合なら

思考サイクルに嵌ってしまいループをしてしまいます。

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ではどうしましょうかね〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、そうだ

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんはジョン・ケージさんをご存知でしょうか。

知っている方ならば「あ〜あの人ね〜」となるのですが(当たり前か)

 

 

ジョン・ケージさんは音楽家の方で

ある曲を出したとして非常に有名なお方になっています。

 

それがこちら【4分33秒

www.youtube.com

 

 

 

 

 

 

え、再生したのに音が出ないって?

 

当たり前じゃないですか〜!

そういう曲なんですから〜!!

 

HAHAHAHAHAHA

 

 

 

そうです。このジョン・ケージさんは

音楽は音を鳴らすもの」という常識を覆し、

 

4分33秒間の「無音」を音楽によって表現しました。

 

 

 

 

この「無」という考え方は

今回の【無の取得】の過程において実は非常に重要で

 

4分33秒」の場合は

音という事象を取り除くのではなく

 

音になるはずだったものから事象を取り除くことによって

あたかも 音がなっていない!? という感覚に陥らせます。

 

 

もちろん、この「4分33秒」を再生した時の皆さんの周りでは

いろいろな生活音などがあったと思います。

 

ジョン・ケージはこの周りの音を音楽として楽しむ

ということをスタンスにこの曲を作曲したと言われています。

 

 

 

まぁそれでも皆さんは「音がなっていない」と感じたとおもいます。

 

これをうまく用いればなんだか

【無の取得】も出来そうな感じがしてきませんか・・?

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一つお話をします。

 

僕の長年の謎であった問題がつい最近自身の中で解決しました。

 

 

それは

 

何もない世界であるならば世界はどのように見えるのか

というものです。

 

 

 

これは僕が小学1〜2年生の時に持った疑問の

 

すべての物が透明であるならば世界はどのように見えるのか

という疑問の派生からきたものになります。

 

 

透明という考え方からの派生なので、

永遠に地平線が存在し建物もなく空もなく、

または地平線を構成する地面さえありません。

 

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そうしたときにどのような風景で何色にその世界で見えるのか

 

 

という考えになります。

 

 

 

 

 

 

 

これの答えはものすごくシンプルで

ここまで読んでいる人ですぐにそこに行き着いた人もいると思います。

 

 

 

 

 

そうです。

 

 

答えは真っ黒です。

なぜなら何も存在しない世界であるならば””も存在しないからです。

 

 

人の目は光によってものを視認しています。

 

たとえば赤い椅子があるならば、その椅子に反射した光の量と入り方によって

それを赤い椅子だと断定できます。

 

夕日が赤く見えるのも夕焼けは太陽が最も自身から遠い位置にあるために

光の色環が赤色の光しか届かないために赤色に輝いて見えます。

 

 

つまりは光が無ければ目はそもそも見えるという行為をすることが出来なくなり

仮にそれを見えたとしても、目に入る光はないので

光がない空間=真っ暗 になるというわけです。

 

ね、簡単でしょ😉

 

 

 

この時に 何もない=真っ黒 ということが僕の中で証明されましたが、

なぜこのような回答に僕がなかなか行きつけなかったかと言うと

 

 

何もない世界なので 真っ暗という 概念 すら存在しないのではないか

ということが引っかかっていたからです。

 

 

 

 

仮に(証明中なので)何もない世界=真っ黒 だとした場合

 

真っ黒または黒という概念すらその世界では存在していない訳ですから、

目の前が黒に近い何かであったとしてもそれはでもなく、

また何かでもないわけです。

 

つまりこの事象の場合では 何もない世界=なにか になることがないので

証明不可となり上記のようにループしていきます。

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証明出来ない場合はその証明過程かまたは仮定が間違っている場合である。

と皆さんも中学2年生で習ったと思いますが、^^

 

この場合は何もないということにこだわったがために

その光景を見る観測者まで消してしまったというわけです。

 

観測者の固定をここで行うことによって

この証明は次のように成り立ちます。(略式で記載)

 

 

何もない世界であるならば世界はどのように見えるのか

仮定として自身以外の全ては根本から存在しないものとする。

 

結論:何もない世界は真っ黒である。

 

 

 

 

このように証明がうまくいかない場合は前提条件を

見直す場合もあるということは頭に入れておけば

 

思考において1つ先へ進むことができると思います😊

 

 

 

 

 

 

 

以上で2つの話をしたと思いますが、

これらをもとに二つの要点を押さえ【無の取得】について

改めて考えて見ましょう。

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ひとつは仮定の変更を行うということです。

 

 

皆さんは「無」と聞いて何も無いことと考えたと思います。

 

その何もないというものは先ほどの僕と同じように

概念さえ、または微塵の思考さえ許さない世界だったと思いますが

 

それだと進まないのでここの前提条件に手を加えましょう。

 

 

 

 

 

 

そしてもうひとつ

抑えるべき要点はそれを踏まえた上での「無」の仮定です。

 

僕が

何もない世界であるならば世界はどのように見えるのか

という証明でループに嵌っていた理由は

 

 何もない世界=なにか という答えにならなかったからです。

 

この【無の取得】においての「無」についても

あるものを無くす。という考えに至ったとしても

 

では「無」=なにか というところまでは至ってはいなかったと思います。

 

 

この「無」=なにか をあえて先に考えることによって

【無の取得】の過程を終わらせることができるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上の要点を踏まえた上で

僕のひとつの結論の話をしましょう。

 

 

 

僕は運命論というものを信じています。

 

正確には短期的で不確実な運命論なのですが、

例えば持っている卵を手から離しました。

 

この時にその状況が持っている要素は

 

卵    (殻は衝撃で割れやすい)

手から離す(人の手の位置から考えるにある程度の高さ

      そして離すということはそれなりの状況である)

重力   (地面の方向に向かう力が働いている。)

 

となっており、

これらの状況からこの卵の運命は割れると決まっている。

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といったようなものです。

 

 

当たり前だろうが馬鹿やろう!と皆さん思うでしょう。

はい、当たり前です。(開き直り)

 

 

ですが考えの知識化として、

 

ある要素を揃えられているのであれば、直接的な関係はないとしても

それはその結果に行き着く。

 

という考えで、別にその要素が目に見えない精神的なものでも

または環境的なものでも確定的に先が決まるということは押さえておいてください。

 

 

まぁこれ考えのあれな点は

要素の優先度があるということと、

要素の変化などがあるということで、

 

これらの要素を持っている=このような結果になる という風にならない

不確実的要素があるということなんですが😅

 

 

 

でまた話を戻して

この要素を全て揃えれば結果は自ずとやってくるという話を前提にすれば

その要素と結果の間には人の思考によって左右される余地がありません。

 

つまりはそれらを考えたとしても結果は変わらないということです。

これを言い換えれば考えた意味が消えるということです。

 

 

 

これらを用いて思考を過去に置いていきます。←!?

 

 

考えた意味が消えるということは

それまでにどのような考えを至っていたかは重要ではなく

むしろ思考するものではないことで

 

そのなぜ考えた意味が消えたのか という思考も必要がなくなります。

 

 

この時点で

 

要素→確定間 ⬅︎についての思考 (過去)

時間経過により思考は意味を消える (今)

なぜ(過去の)思考の意味が消えるのか(今)

↪︎要素→確定間は思考による運命の変動がないため 

”なぜ(過去の)思考の意味が消えるのか(今)”

についても考える必要がなくなる (ここを今としここより上記全て過去とする)

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これを短期的に繰り返すことによって

思考する→意味がないもの(なくても良いもの)→無くす選択肢

 

を出現させ 過去の思考を無いものとすることが可能になります。

 

 

現在の思考は無くすことはできないですが

ここで人間の客観視を利用することが出来て

 

連続させた過去の思考の必要性の削除は

客観視を行うことで主観であるその時自分視点を切り捨てて

 

穴が空いた思考の羅列を認識することが出来ます。

 

 

以上の過程を踏まえれば【無の取得】(過去)が可能になります。

多分これが一番楽だと思います。(←言いたいだけ)

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これをどうすれば実生活に応用できるかと言えば普通に簡単で

 

右足を前に上げて落とし左足を前に上げて落とせば

歩けますよね。

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その時の上げて落とす作業を無意識かした上で

それについて連続的に思考し、最終的に客観視すれば

 

上記の【無の取得】(過去)が達成になります。

 

 

歩く行為だけでなく、無意識に落としても問題ないものであれば

これらは成立することになります。

 

 

ようは

「あ、なんも考えてなかったわ」

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を意図的に出せばおけ👍

 

 

 

あくまでこれは僕の一例であり多分他にも【無の取得】ができる方法は

いくつかあると思いますが、

 

それは皆さんで探して見てください^^

 

 

 

【無の取得】し、後悔する時間を減らせば

背理的により有意義な時間が過ごせるでしょう。

 

それはとても【効率】のよい人生ですね👍

 

 

 

 

というわけで今回はこの辺で!

 

 

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